床の上に足を投げ出し、ソファに背を預けてあーだのうーだの言っているディアッカを後目に、イザークはソファに腹這いでペーパーバックのページをめくっている。窓辺でカーテンを透かす午後の日差しは白くゆるんで眠たげだが、休日らしく存分に寝坊をして、食事も遅かったから、眠気の気配はまだ大分向こうの方で様子を窺っているようだ。立てた肘が少し疲れて、本を伏せ、うつぶせになったイザークは、金色の髪の後ろ頭を見るともなしで見る。それを察したわけでもないだろうが、ディアッカが仰向けに首をそらせた。目が合うと、あのさあと言いかけてから思い直し、体を起こして向き直った。どこかで鳥が鳴いている。
 これと、と言いながら、ディアッカはポケットに手を入れて出した。何かと思えば飴だ。包みが黄色いから恐らくはレモン味。それをイザークの顔の横に置く。「これと、歌と、」 言いながら、親指を唇に当てた。「これと。どれがいい?」

「それ」
「あ、そう」

 ディアッカは、すこし大儀そうに身を乗り出して、イザークにくちづけた。それはうつぶせで顔を横に向けているイザークの頬の頬骨のあたりだったから、イザークは内心で、無精したな、と思っていた。きっと腕に隠れた唇までたどりつくのが面倒だったんだろう。無精者め。と少し思い、だけど何も言わなかった。だってよく晴れた穏やかな午後だ。灼け付いたように白く光る表には人の影などひとつもなくて、風は時折少し吹くけれどすぐにやんでしまう。外との対比で部屋の中は薄暗いように見えるが実はそうでもなかった。鳥の声ももう聞こえない。ここはこんなにも静かなのに俺たちはまどろみもせずに目を開けていて、キスなんかしている。なんだか苦しかった。

 かさりと鳴る音に目を開けて、いつのまにか目を閉じていたことを知った。見れば、ディアッカが包み紙をむき、飴を口に放りこむ所だった。わけのわからない焦燥が胸を焼いている。ことによると、と、イザークは考える。(俺は、あの飴玉になりたいのかもしれない)

「…それ」
「ン?」
「レモン?」
「…んー…、…パイン、かな」

 ディアッカが頭の下に手を差し込み、引こうとするので、イザークは顔を上げる。と、かすめるようなキスを落とされた。唇に残る甘みは、なるほど、確かに。

「わかる?」
「…わかった」
「あれ、お前、もしかしてパイナップル好きなの」
「べつにあんまり」
「そう? ならよかったな」
「甘いな…」

 何の気なしに言ったイザークの言葉に、ディアッカはなんだかにたりと笑った。

「それは、飴が? 俺が?」

 しかしその笑みはすぐに照れ笑いに切り替わり、黙ったまま見返すイザークの視線を避けて、わーごめん悪いジョークですーとかなんとかごちゃごちゃ喚きながらずるりと座り込み、丸くなってしまった。イザークは起き上がると目線の下の頭を撫でるように揺さぶるようにぐしゃぐしゃとかき混ぜた。何か声を上げるのに構わず、力を込める。
 胸はまだすこし苦しかった。だけど。

 だけど。








 夕方、暗くなりかけてきた部屋に明かりをつけて、そのままキッチンの方へ行こうとするディアッカを呼び止める。

「そういえば、さっきの、歌って何だったんだよ?」
「…怒んない? 俺すっかり忘れてて、何も用意してなかったから」

 ハッピバースデー、トゥーユーって歌おうと思ったんだよと、ディアッカは言った。













20110831