ディアッカは朝が嫌いだ。いつも昼近くになってから動き出す。昼間は大抵掃除をしたり、うとうとしたりで日が暮れる。食事は空腹を感じたときにとるが、花の香りに囲まれているから、食欲はいつもあまりない。
 ワンルームの部屋の中は薔薇であふれている。腕を伸ばせば花に触れ、一歩歩けば花を踏む。掃除をして出すゴミはほとんどが花だ。枯れた分だけ新しい花が毎日届く。棘を除かれた真っ赤な薔薇を受け取り、判を押し、部屋に撒く。このことが、今のディアッカには唯一の義務だ。
 停戦ののちにアークエンジェルを離れ、プラントへと戻る際にディアッカはさらわれた。アパートらしい一室に押し込められ、そのままずっと過ごしている。窓から見えるのはグレイと砂色の壁ばかりで、プラントのどこかだろうとは思うが、どこなのかはわからないし、わかる必要も特になかった。西日の斜めに射す部屋で、ディアッカはうつらうつらとまどろみに浸り、目覚めたら夜になっていればいいと願う。早く帰ってきてイザーク。夢うつつに思うのはそのことだけだ。ディアッカを閉じ込めたのはイザークだった。ディアッカが待っているのも、イザークだった。

「おかえり、イザーク」
「ただいま、ディアッカ」

 夜になるとイザークがドアを開ける。ディアッカは薔薇とともにそれを迎える。唇を重ね、体を合わせて、シーツと薔薇に二人で溺れる。終わったあとはイザークはすぐに寝てしまい、ディアッカは寝顔を夜通し眺める。月の精霊がもしもいたならこんなだろうと考えながら、ディアッカはイザークの髪や、額や、瞼や、頬や、あらゆる場所にキスをする。
 夜明けの前に眠りにつくのは眠くなるからではなくて、寝顔をイザークに見せるためだ。自分の手の中で無心に眠るディアッカを見て、イザークはきっと安心し、薔薇の部屋から出ていくだろう。カレンダーは捨てた。どうせもう長いことそのままで、すっかり日に焼けてしまっていたから。時計はずっと壊れっぱなしだ。どうだっていい。夜にさえなればイザークは来る。早く帰ってきてイザーク。

「おかえり、イザーク」
「ただいま、ディアッカ」

 抱き合って過ごす夜のために、ディアッカは眠り、目覚め、腹を満たした。イザークは薔薇まみれのディアッカを抱いて満足そうに微笑む。ほんとうは、香りの中にずっといるのは頭が痛んでいやなのだけど、イザークが望むことだから何も言わない。赤い薔薇を散らしてディアッカによく似合うとイザークは言うが、銀と白のイザークにこそ紅は映えるとディアッカは思う。
 知らないうちに朝が来て、こいねがう果てに夜が来る。ディアッカがここにいることを知っているのはイザークだけだ。停戦の混乱の中でディアッカがあるべき場所にいないと、気づくものはいるだろうか。ザフトではMIAのままのはずだ。アークエンジェルの彼らはプラントへ発ったディアッカを知っているから、もしかしたら誰かは気づくかもしれない。探すかもしれない。だけどまだ誰もここへは来ない。それだけがすべてで、それで十分だ。ときどきは父を思い出すこともあったが、その姿はもう曖昧だった。

「おかえり、イザーク」
「ただいま、ディアッカ」

 赤い花の上に吐き出した精はひどく生々しく、それでいてちっとも現実味がない。イザークはディアッカに似合うと言い、ディアッカはイザークに似合うと思う。思うに、この花は檻なのだ。花のひとつ、花びらのひとつが鍵で、鎖で、檻なんだ。イザークは時折怯えるようにディアッカを強く抱くことがある。俺は逃げないよとディアッカは言う。逃がさないよと、小さく言う。二人の夜は息苦しくって幸福だ。それなのにほら、もうすぐ冷たい朝がやってきて夜を殺して白んでしまう。だからディアッカは朝が嫌いだ。






Days of Wine and Roses。
20110301