軍は基本的に無宗教であり、内部の割合もそれが一番多い。とはいえキリスト教はいるし、ユダヤ教も、仏教徒もいる。聞いたことはないがゾロアスター教がいたって、別に悪いということもないはずだ。ただイスラム教徒は少し大変かもしれない。なんとなれば、礼拝のときにメッカの方向が見当がつけられないので、どこへ向かって五体投地をすればいいのかわからなくなりそうだから。しかし当人たちはそういうあたりもきちんと調べて、ちゃんとやっているらしい。

 そんなこんなでその種のイベントごとも薄くゆるく広がっていることが多い。クリスマスの頃にはちらほらと小さいリースが飾られたり、年末にいつのまにかみかんを乗せた鏡餅が現れたり、多忙を押しての断食でたまに倒れる人間がいたり、春を過ぎた頃になってから見つけられ損ねてどろどろに腐ったイースターエッグが発見されちょっとした騒ぎになったりもした。上の方には業務等に支障がない限りでは黙認されているようだ(その後断食には制限が設けられ、卵には数を把握しての管理が求められたらしい。他にも、ハロウィンの仮装の露出の上限や、節分のあとの掃除規定など、色々あるとか) 行き過ぎればこの上なく厄介だとはいえ、関連の行事を楽しむ程度なら、賭博だとか性風俗だのに比べて宗教というものはよほど穏やかな気晴らしではある。

 だから7月に入ってすぐにホールに笹が現れたことも、とりたてて珍しい出来事ではなかった。脇には用意のいいことに小机と短冊が添えられて、七夕を知っている者はさっそく願い事を書いて吊るしたし、知らない者はそれを見て真似をした。二人がその横を通りがかったときには、わりに立派な大きさの笹はすでにとりどりの短冊をまとって重たげに首を垂れていた。ディアッカはそれを眺めて、風流でいいな、というようなことを言ったが、内心ではこんな宇宙まで飛び出しておきながら星への願いを笹に頼むってのも、何なんだろうな、と思っているらしい。対するイザークはこれは仏教だったか神道だったかと考えている所だったので、やはり適当な返事をした。

「イザーク短冊書いた?」
「あー、ああ」
「えっマジで? どれだよ」

 イザークが指差した先の薄ピンクの短冊をディアッカはさっそくひっくり返した。そこには勢いよく一言、『出世』

「…すげえ…なんて迷いのない手だ…ていうか何これ、毛筆?」
「筆ペンだ」

 そこにあるだろ、とイザークは目で小机を指す。確かに大分少なくなった短冊の残りと一緒に筆ペンはあったが、こんな所でいつもの不機嫌そうな顔で七夕の短冊を書くイザークというものを思い浮かべて、ディアッカは手の甲に爪を立てた。しかも色がピンクだ。よりによって。

「なに、妙な顔してるんだ」
「いやっ、別に、でもこの笹といい筆ペンといい、どっから調達したんだろうなあーっ」

 よし俺も書く!と、バタバタと駆けていくディアッカにイザークは少し首をかしげた。そのままなんとなく背中を眺めて待っていたが、5分経ち、10分経っても動かないディアッカに、もともとほとんどない堪忍袋の緒はあっさりと切れた。そのまま置いて行こうかとも思ったが、それでは10分とはいえ待っていた時間がばからしいと思い直す。

「何を悩んでんだ、何を!」
「わっ」

 ぐいと肩を引いてのぞきこむと、薄水色の紙片は何事か書いて消し、書いて消しした跡でいっぱいで、余白などもうあまり残っていないのだった。「…何を悩んでるんだ、こんなの」 ディアッカはぱりぱりと頬をかき、いや改まって考えてみるとわりと悩むだろ、とかなんとか。置いてくぞと言うと少し迷ってからぐしゃりとポケットに突っ込んだ。「じゃーあとで書こう」 ただでさえ真っ黒の、しかも今ので皺くちゃになっただろう短冊を収めたポケットをちらりと見、新しいのにすればいいのに、と、イザークは思った。









 それから数日ののちにひとりで笹の前を通ったときにこのことを思い出したイザークが短冊の群れを眺めると、はたして、薄水色の皺くちゃの一枚はすぐに見つかった。上には場所がなかったのかずいぶんと下の方だ。がたいのいいディアッカが体を丸めて短冊をつけるさまを思い、ああかわいいな、とイザークは思った。もう大分干からびて色を失いかけた葉をかき分け手を伸ばす。裏返した紙面には、訂正の線の隙間につめこむように小さい字で、一言、『ついてく』とだけあった。

 こんなに皺になり、しかも訂正のしすぎで潰れてしまった文面など誰でも読む気にはならないだろう。だいいち主語がない。いくら星でもこれでは何を願っているのだかわかるまい。
 イザークはそんなふうに思ったが、しかし主語はなくてもイザークにはディアッカが何を願ったのかがちゃんとわかったので、その日は一日、随分機嫌がよかったようだ。








20110717  宗教観がわかりま千円