イザークとディアッカはそれぞれのベッドでくつろぎながら本を読んでいる。イザークは学術書、ディアッカは実用書だが、それはある意味での実用というか、その意味はあんまりまじめではなく、つまるところはエロ本だった。 自由時間に何をしようと趣味がどうだろうと、イザークは個人の勝手だと思っている。だけどどうにも耐えられないことには、この子胸がでかいだの腰つきがイイだの、ディアッカがいちいち口にしながら読むことだ。うるさいと睨みつけると素直にごめんと言って首をすくめ、それならあとは黙って読めばいいのに、また少しすると彼女ほしいなあとかなんとか言い出して、そんなことを何度も繰り返したのちにイザークは本を足元に叩きつけた。 「…うるさいッ!」 するとディアッカはエロ本を放り出し、イザークの方に身を乗り出した。 「なあ!彼女ほしーよなー!」 「貴様…かまってほしかったんだな!?」 なんかしゃべりたい気分なんだけど外出るのも億劫だったから。ディアッカはベッドの上を転がりながら言う。イザークは無言で枕を殴った。 「彼女がほしい」 「知るか!ナンパでもしてろ」 「休日ごとにしてる…わりにヒットはするんだぜ。でも続かねえんだよ。Dear Johnって知ってる?…やっぱり、軍関係はもてるけど、保たないんだよな」 しみじみと言うルームメイトを見、床に落ちたエロ本を見て、イザークは眉間にしわを寄せた。 「そもそも、恋人などそんなにほしいものかよ」 「当然じゃねーの、毎日毎日手に手を取るのは刃物、抱くのは銃器、かき口説くのはプログラムときたら青少年の柔らかで繊細なガラスハートは摩耗しきりだ。人肌ぐらい恋しくなるだろ」 「はん…白々しい。性欲じゃないのか。性欲だろうが」 「決めつけんなよその通りだけど。それだけじゃないからな。でも、まあ、そこは大きいよな」 「右手で事は足りるだろう」 「身もフタもねえな…いや人だけど、肌だけどさ…自分じゃ違うよ。他人がいいんだ。一人になりたいときはあるけど、人と触れ合ってたいときもあるだろう。つーか、イザークは彼女ほしくないのか」 「別に」 「信じらんない!俺はほしいね!」 「…どうでもいいが、しかし、それを俺に言ってどうなるのだ。どうにもならんぞ」 「どうにかなるならどうにかしてるし、どうにかなったらこんなとき彼女としゃべってるっての!どうにもなんねーからお前とだべってんじゃないか」 「貴様は俺の邪魔をそれで…」 イザークはエロ本を拾って投げた。だがディアッカは難なく避ける。伊達にルームメイトを続けられているわけじゃないのだ。しかしそのあと勢いをつけて立ち上がったのは予想外で、いつもなら小言の一つも投げつけながら自分の本に戻るのに、イザークはディアッカの目の前に立って見下ろしている。ディアッカはなんとなく首をかしげた。 「…なに?」 「くだらんことで邪魔をされるのはご免だ。しかし女を宛がうことはできんし」 肩を押されてディアッカは倒れる。ディアッカの方が背は少し高いから、見上げるイザークはけっこう新鮮だ。というよりこの状況は初めてだ。仰向けのディアッカに跨って、イザークは顔を近づける。さらりと揺れる銀色の髪が光を透かしてとても綺麗。 「…いやっ、じゃなくて」 「ああん?」 「ああんじゃねえよ。なんなんだよこれ?」 「ほしいのは相手なんだろう、女に限るとは言ってなかった」 「えっ?」 ディアッカは口をがくりと開け、また閉じた。「え? 何? 相手? 相手…お前? …ジョーク?」 「そう思うか?」 イザークはかすかに笑うような、何かを見定めるような、不思議な表情をする。そんなふうにするイザークはまるで絵画の中の天使のようだ。イザークはきれい。このきれいな顔の友人が今俺の上に乗っていて、俺の相手をすると言ってる。これは夢か? 「…悪夢かもしらんけど…」 「? 何?」 「いや、あー…男か…男ねえ…話には聞くけど、完璧他人事だったから…」 「ふうん…」 イザークは身体を起こすと腕を組んだ。人の上で随分偉そうだなとディアッカは思った。 「まあ、なんでもいい。やるかやらんかだ。どうする」 「お前はストレートだよね…もう少しくらい恥じらいとかあるだろ…」 「やるんだな?」 「えっ、うん、あの、まあせっかくだし」 ちょっと照れながら視線を外すディアッカの手に冷たさと硬さと、耳にはがしゃんと音が届いた。「ん?」 その手がぐいと引かれてまたがしゃんと音、もう片方にも同じ感触。「え?」 何だったっけ、これ。とっさに手錠という単語しか出てこなかった。…あれ?合ってる?手錠でいいのか?これが手錠か?…なんで? 両手がなぜだか下ろせない。無理やり首をねじって見ると、ベッドの背に鎖が通っている。いつのまにか、腕は両方上げさせられて、ホールドアップのような体勢になっていた。「は?」 ふと見ると、鍵らしいものを放り捨てたイザークが腹の上へ座り直すところだった。 「…イザーク」 「何だ」 「ごめん、意味がわからない」 「逃げないようにと思って」 「逃げねーよ!」 ディアッカは手首の手錠をガチャガチャ鳴らして抗議する。 「大体これじゃ動けねえじゃん!騎乗位か?騎乗位なのか?初めてからそんな大胆にいっちゃうのか!?」 「はあ?その体勢でどうやったらできるというんだ?」 「どう…」 ディアッカは、ふっと口をつぐんだ。嫌な予感がした。嫌な予感しかしなかった。 「…まさか、イザーク、…俺が… 下?」 「ああ」 イザークがあっさりうなずいた途端、ディアッカは打ち上げられた魚のごとく暴れ出した。 「おい!おとなしくしろディアッカ…何なんだ突然!」 「そりゃあこっちのセリフだ!何だよそれ聞いてねーよ!」 「だから相手をしてやると言ってるだろうが!さっさと足を開け馬鹿者!」 「嘘だ!サギだー!普通逆だろ、どっからどう見ても逆だろ!この女顔!」 「人を見た目で判断するとは貧しいな!大体な、貴様のそのがつがつした様子でぶつかってこられたりしたら俺の繊細な腰など保たんわ!」 「優しく!優しくするからッ!」 「ええいうるさい! …落ち着いて、よく考えてみろ、ディアッカ」 イザークの白い手に頬を包まれ、息も切れてきたので、ディアッカは手足をぱたんと落とした。イザークの手は少し冷たい。すんなりした指はなめらかだ。 「いいか、男同士でそういうことをするときに、どこを使うかは知っているだろ」 「…おう」 「しかし本来その用途のためにはできていない器官だ」 「ああ」 「かかる負担は少ない方がいいよな」 「うん」 「ところで、俺とお前ではお前の方が背が高い」 「…うん」 「体格の小さい方が挿れる方が合理的じゃないか?」 「…嫌だああっ!」 「あっこの、また暴れ…ああもう!おとなしくしやがれ!俺は痛いのはご免だぞ!」 「結局そこじゃねーか!俺だってやだよ痛いのは!」 「…優しくするから!」 「うわああああああああああああああ」 悲鳴にも抵抗にも取り合わず、イザークはディアッカのシャツをまくり上げる。身をよじろうとするが、両手を封じられ、腰も押さえられた状態ではどうにもできない。イザークは無防備な上半身を見下ろして少し考えていたが、手を伸ばし胸をなで上げた。 「ぎゃあっ」 「色気のない声だな、何も感じんか」 「くすぐったい!気持ち悪い!きもい!」 「初めてではそんなものか…」 褐色の腰や下腹にも目をやるが、「割合面倒だな…いいか、もう手っ取り早くで」と、言うが早いか、スラックスをパンツごと引き下ろす。叫ぶ間もなく急所をつかまれ、ディアッカは息をつめた。そこを刺激されれば男の生理は否応なしだ。緊張も恐怖も助長にしかならず、吐く息には熱が混じり、目もとはほのかな朱に染まる。こぼれた声が明らかな甘さを帯びていると知り、ディアッカはなんだか目の前が暗くなった。泣きたくなった。 「っ!」 「初めてでは、無理か?」 後ろをなぞられて身体がこわばる。指先を押し込まれて芯が震えた。やばい…これ以上は絶対に、駄目だ…無理だ… 声も出せないディアッカを眺めたイザークは、ベッドから降りると、バスルームの方へ向かってすぐに戻ってきた。ふいをつかれて暴れ損ねたディアッカが呆然と見る先で、イザークは小瓶のふたを開ける。「…ああ、ボディローションだ」 あくまでもやる気だこいつ!ディアッカは気が遠くなりそうになる。いっそこのまま気絶しちまいたい…「大丈夫、オーガニックだから粘膜に触れても害は」 そういう問題じゃねぇぇ!ディアッカは本格的に気が遠くなった。泣けてきた。 「…い、嫌、も、嫌、やだ…イザークのばかやろっ…」 とうとうディアッカは泣き出した。怖くて、混乱して、気持ち悪くて、信じられなかった。絶対無理だ。冗談はやめてくれ。こんなんで勃たねえだろ、イザークだって。ぐすぐすと言い続けながら、ふと、イザークの触れてくる手が止まっているのに気づく。 うっすら涙でにじむ視界に銀の輪郭が揺れている。片手らしい白い影が伸びてきて目じりに溜まったしずくが払われ、一瞬だけクリアになった視界に映ったイザークの顔は、思っていたよりもかなり近かった。 「まあ、冗談だったんだがな」 イザークの身体がディアッカの上に覆いかぶさっている。腰に当たる感触に、ディアッカは、あれっ、と思った。あれ?なんでばっちり臨戦態勢?…そういえば一瞬見えた表情は、美しく薔薇色に上気していた、ような。 「お前に乗って押さえつけていたら、わりとその気になってきたんだ」 …意味がわからない。何のドS告白なんだ… だけどディアッカの頭をなでる手は、ちょっとないほど優しかった。あの薔薇色に上気した頬。興奮している。欲情している?このきれいな高潔なわがままな繊細な美しい男が、俺を欲しいって? 「どうしても嫌か」 答える間はなく、唇をふさがれた。歯列をなぞられ、少し開けると舌が入り込み、舌先をからめてすぐに出ていく。離れた唇が妙に近くなるのをぼうっと見ていると、それは瞼に降りてきて、思わず閉じた目から涙を吸った。 「まあ嫌だと言ってもやるが」 「…最低だ…」 冷たい指が後ろに触れる。ぬめる触覚に腰が逃げるが、それ以上の抵抗はしない。なんだかんだで自暴自棄というか、投げやりというか、しかしおかしなことにはついさっきまで何もなかったはずなのに、腹の底には何かの熱がわだかまっている。男ってばかだよなとディアッカは思う。こんなんでその気になっている俺って馬鹿だ。こんな俺を欲しがるイザークも馬鹿だ。どうせ同じ穴の貉だってか?狭いってんだよ。 「お前きついぞ。もっと力を抜け」 「こ、の期に及んで、も、優しく、ねえなっ…」 指が、少しずつ、入ってきて、入っていて、は、ああああもうマジ違和感が違和感が。今すぐ逃げ出したい衝動を抑え込み、ディアッカは首を振り、息を継ぐ。あふれる涙に目を強く閉じれば、なだめるみたいに輪郭や首筋を細い指がなぞっていく。武骨な兵器を操り使いこなすこの指がこんなにも優しく、触れてきて、同じ指がとんでもない所にもぐりこんで動いているなんて。そう思うと、なぜだか腹の底の熱が増した。 十分以上に優しくしてるはずだと考えながら、イザークはディアッカを見ている。涙に透かした紫のひとみは、しかしこんなふうにして見下ろしていると、煽られている、なんて錯覚することだってそう難しくはないような。苦しげにするのをだましだましで指を増やして、いいらしいところをかすめれば跳ねる身体。そんな顔をするんだな。確かに冗談だったはずなのに、いつのまにかもう、こんな所まで来てしまっていた。 もう入りたいと、言えばこいつはどんな顔をするだろう。 「…やっぱり、優しいだろうが」 指を抜く。入り込む。かすれた悲鳴と、涙と、熱さと、何もかもがぐちゃぐちゃでよくわからなくなり、息がつまる。慎重に慣らしたつもりだったがやはり痛みと怖さは残るらしく、ディアッカのそれは萎れてしまって、それをまた丁寧に愛撫し、少しずつほぐして、声に甘さが戻るまでには大分かかった。しかし戻ってしまえばあとはもう、止まらない。 どちらが先かわからなかった。名前を呼ばれた気がしたし、呼んだ気もする。 20110301 |